MENU

『要素』は少なく『枠』は広く(3)

カネ篇:ミニマリズム≠低収入肯定

『ミニマムライフコスト』という考え方があります。

お金から自由になるために、〝ミニマム・ライフコスト〟という発想を持とう。

一年間生活する上で、最低減必要なランニングコストはいくらか。

自分ひとり、または家族が健康的な食事をして、快適に眠る場所を確保する。そのためだけにいくらあればいいのか。

それさえ把握しておけば、ここぞというときに思いっ切り攻めることができる。

(中略)

そのときのために、どれだけ〝ミニマム・ライフコスト〟を下げられるかが重要だ。

「どうなっても、生きていける」ことを確信した瞬間、人はお金から自由になれる。

出典:「自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと」 四角大輔 著(サンクチュアリ出版)

僕は、この考え方にすごく憧れています。

カネコ

僕は外食中心でたくさん食べるので、エンゲル係数がとても高く、ミニマムライフコスト未達成なのです…。

暮らしに必要な支出をミニマルにすることで、

お金の不安から自由になれる。

生きていく上で、とても大切なことだと思います。

しかし、この『ミニマムライフコスト』

少し曲解されている時があると思うのです。

自分の暮らしに必要な支出を精選して、

ミニマムライフコストが10万円になったとします。

しかし、

今月の収入は12万円。

ミニマムライフコストは10万円だから、今月もなんとかやっていける。

これは『余白』があると言えるでしょうか?

今月の収入は25万円。

ミニマムライフコストは10万円だから、今月も15万円貯金できる!

これこそ、まさに『家計の余白』だと思うのです。

『家計の余白』をつくる為に、

ミニマリズムでは支出を減らします。

ですが、『枠』として、

ある程度の収入を確保することも、必要なのです。

カネコ

…とか、偉そうに論じていますが、僕は『支出』を絞ることも、『収入』を上げることもできていません。

だから僕は『経済を語らないミニマリスト』なのです。笑

続きます。

よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

余白を大切にするミニマリスト。

1986年9月9日生まれ 独身男性。

ゆるく試行錯誤をしながら、
整った暮らしを目指しています。