カネ篇:ミニマリズム≠低収入肯定

『ミニマムライフコスト』という考え方があります。
お金から自由になるために、〝ミニマム・ライフコスト〟という発想を持とう。
一年間生活する上で、最低減必要なランニングコストはいくらか。
自分ひとり、または家族が健康的な食事をして、快適に眠る場所を確保する。そのためだけにいくらあればいいのか。
それさえ把握しておけば、ここぞというときに思いっ切り攻めることができる。
(中略)
そのときのために、どれだけ〝ミニマム・ライフコスト〟を下げられるかが重要だ。
「どうなっても、生きていける」ことを確信した瞬間、人はお金から自由になれる。
出典:「自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと」 四角大輔 著(サンクチュアリ出版)
僕は、この考え方にすごく憧れています。
カネコ僕は外食中心でたくさん食べるので、エンゲル係数がとても高く、ミニマムライフコスト未達成なのです…。
暮らしに必要な支出をミニマルにすることで、
お金の不安から自由になれる。
生きていく上で、とても大切なことだと思います。
しかし、この『ミニマムライフコスト』。
少し曲解されている時があると思うのです。
自分の暮らしに必要な支出を精選して、
ミニマムライフコストが10万円になったとします。
しかし、



今月の収入は12万円。
ミニマムライフコストは10万円だから、今月もなんとかやっていける。
これは『余白』があると言えるでしょうか?



今月の収入は25万円。
ミニマムライフコストは10万円だから、今月も15万円貯金できる!
これこそ、まさに『家計の余白』だと思うのです。
『家計の余白』をつくる為に、
ミニマリズムでは『支出』を減らします。
ですが、『枠』として、
ある程度の収入を確保することも、必要なのです。



…とか、偉そうに論じていますが、僕は『支出』を絞ることも、『収入』を上げることもできていません。
だから僕は『経済を語らないミニマリスト』なのです。笑
続きます。








