タイトルの『○○』は、目にしてあまり心地の良い言葉ではないので、あえて伏せ字にしました。
直接的に表現してしまうと、ともするとその時点で拒絶反応が起き、僕が伝えたいことが伝わらなくなってしまう可能性もあるかと思いまして…
○○な人とは…
- “脊髄反射”で行動、発言してしまう
- 感情のコントロールができない
- 自分の視点でしか物事を考えられない
- 物事の細部にこだわり、全体を捉えない
- 自分の課題と他人の課題を区別できない
- 他人をコントロールしようとする
- 合理性より非合理的な感情を優先する
- 自分の非を素直に認められない
- 態度が尊大・横柄である
こういう人を、僕は『○○な人』と定義しています。
誤解がないように、はっきりと言っておきたいのですが、
・知能が低い
・無知である
・頭の回転が遅い
ということを指しているのではありません。
世の中には、○○な人のほうが多い
大変残念なことなのですが、
世の中には、○○な人のほうが圧倒的に多い
というのが、
これまでの人生経験上の、僕の主観的な結論です。
母集団の質にもよるとは思いますが、
あるコミュニティーにおいて、
あっ!この人は○○じゃないな
と、僕が思う人は圧倒的に少数です。
「渡○○」を前提にすれば、生きやすい
社会で働いていると、
『理不尽な目』に遭うことがよくあります。
有り体に言えば、『○○な人からの攻撃』です。
僕も感情を持った人間なので、
攻撃を受ければ、当然ダメージを受けますが、
「渡る世間は、○○ばかり」を前提にすることで、
あっ!この人は○○だからしょうがないか…
と、気持ちの整理をつけられるようになりました。
また、以前はこう思っていた時期がありました。
僕は相手に対して攻撃はしていないのに、相手ばかり僕を理不尽に攻撃してくる。こんなのフェアじゃない!
しかし、「渡○○」思考をすることで、
まぁでも、そもそも神様から人間に与えられる能力がフェアじゃないか…
相手は神様から能力をもらえず、僕は神様から能力を授かった。
相手は可哀想な人で、僕は幸運な人間だ。
神様に感謝しなきゃ✨
と、考えられるようになりました。
攻撃してきた相手を見下すという、
生意気かつ醜い考え方で、大変恐縮ですが…笑
それでも、自分の心を守る為の必要悪かなと思っています。
【超重要】○○は、相対的な概念
攻撃してきた相手を○○だと見なし、見下す。
攻撃を受けた際の緊急避難としては、
有効な考え方だとは思いますが、
積極的に肯定できる考え方でないのも事実です。
だからこそ、忘れてはいけないのは、
○○は、相対的な概念だ
ということ。
上に示したのは、IQ (知能指数)分布のグラフです。
『○○=知能が低い』ではないと先に述べましたが、
僕が定義する『○○な人』の分布も、
おおよそこのグラフのようになるのでは?
と、個人的には思っています。
つまり、僕も誰かにとっては「○○な人」なのです。
- 冷静な言動ができる
- 感情のコントロールができる
- 他者の視点を想像しながら物事を考える
- 物事を全体的かつ本質的に捉える
- 自分の課題に集中し、他人の課題を尊重
- 他人をコントロールしようとしない
- 非合理的な感情より、合理性を優先する
- 自分の非を素直に認められる
- いつも謙虚で低姿勢な態度でいる
だからこそ、
僕はこのような人間でありたいと思っています。
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