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“理想”とはフィクションであり、“現実”とはグラデーションである(2)―“対人関係”編

対人関係においてのグラデーション

僕は、相手を見る時に、

自分の心を許して付き合えるかどうかを、

結構はっきりとジャッジするタイプの人間です。

しかし、

“白”“黒”かの二択で、

相手をジャッジしているのではありません。

人間は、不完全な存在。

どんな人にも、短所や欠点があります。

好きな人の嫌な部分を見てしまったり、

逆に、苦手な人の意外な一面を見たり、

そういう経験が、誰しもあるはず。

自分の中における相手に対する評価も、

“白”“黒”かをはっきりする必要はなく、

グラデーションであっていいと思っています。

ただ、僕は自分の心を守る為に、

“ダークグレー”気味の人とは、距離を置きますが…

カネコ

詳細は控えますが、
僕は生い立ちの関係で、
自分の母へ複雑な感情
今でも抱き続けています。

カネコ

僕にとって母は、
暖かくて、
心を寄せて信頼できる母親
ではありません。

カネコ

かと言って、
幼少期に愛情を与えて
もらえなかったかと言えば、
決してそうではありません。

カネコ

むしろ、
たっぷりの愛情で
育ててもらったと、
心の底から思っています。

カネコ

しかし、
母からトラウマレベルの害悪
何度も与えられたことも、
これまた事実なわけで…

カネコ

母親を憎む気持ちも、
確実に僕の中に存在します。

カネコ

僕は、
母を憎んで
否定的
に評価すべきなのか、

母を許して
肯定的
に評価すべきなのか、

真剣に何度も悩みました。

カネコ

今もその答えは出ませんが、
それでいいのだと思います。

カネコ

何もかもを、
“白”“黒”かを
はっきりさせるなんて、
あり得ないフィクションであり、
“現実”は、グラデーション

カネコ

僕にとって母は、
肯定的な存在でもあり、
否定的な存在でもある。

カネコ

いつか、
母を“ライトグレー”だと
思える日が来たら、
その時に母を許せばいいのだと、
今は思っています。

続きます。

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この記事を書いた人

余白を大切にするミニマリスト。

1986年9月9日生まれ 独身男性。

ゆるく試行錯誤をしながら、
整った暮らしを目指しています。