MENU

『皇室』について本気出して考えてみた(11)

伝統は、変えてはいけないのか?

カネコ

だけど、それは男系継承という皇室の伝統に反するよな…

カネコ

伝統を大切にするのは素敵なことだと思う。

だけど、人を犠牲にしてまで伝統を貫くのは違うと思うんだよな。

カネコ

皇室は、これまでも伝統を何一つ変えずにきたのか?

時代に応じて、伝統を柔軟に変えてきたこともあるんじゃないの?

皇室の伝統が変わったことはあるのか?

答えは、YES!

分かりやすいものを3つ紹介します。

① 元号

元号は、西暦645(大化元)年以来、

約1400年近く続く、皇室の伝統です。

現在、元号と言えば、

天皇一代につき、元号一つ(一世一元の制)。

ですが、実は、江戸時代以前には、

災害、疫病、吉兆などの理由で、

天皇の在位期間とは関係なく、

何度もコロコロと改元をしていました。

しかし、明治時代になり、

天皇中心の近代国家を作るにあたり、

一世一元の制が採用されたのです。

② 天皇の結婚相手

出典:https://precious.jp/articles/-/11345

昔、天皇の妃は、

皇族や公家・華族など、

限られた家柄の女性から迎えるのが伝統でした。

しかし、戦後の1959(昭和34)年、

当時、皇太子だった上皇陛下が、

民間出身正田美智子さんと結婚しました。

皇室に民間出身の女性が嫁ぐのは、この時が史上初。

しかし、その後、紀子妃雅子妃を経て、

今では、皇族が一般国民と結婚することは、

当たり前の光景として定着していますよね。

③ 側室制度

かつて、皇室には側室制度がありました。

理由は、皇位継承者の確保のためです。

昔は、乳幼児死亡率が高く、

皇后だけでは、男子が生まれない場合があり、

複数の女性との間に子をもうけることで、

男系の皇統を維持しようとしたわけです。

皇室で、最後に側室を持ったのは、明治天皇です

明治天皇の皇子である大正天皇は、

側室との間に生まれた子供でした。

しかし、

日本が西洋型の近代国家を目指す中で、

次第に、一夫一妻の価値観が強まっていき、

側室制度は時代遅れと見做されるように。

また、大正天皇は、

皇后との間に4人の皇子をもうけ、

昭和天皇も、

皇后との間に皇子をもうけたことから、

大正・昭和期に、側室制度は使われませんでした。

そして、戦後の皇室典範によって、

一夫一妻制が採用されたことで、

側室制度は、完全に消滅しました。

かつて、側室制度は、

男系継承を維持するための、

重要な仕組みだったことは、間違いありません。

皇室の根幹たる伝統である、

男系継承のために必要だった制度ですら、

社会の変化に合わせて廃止された事実は、

実に興味深い示唆を与えてくれるように感じます。

続きます。

よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

余白を大切にするミニマリスト。

1986年9月9日生まれ 独身男性。

ゆるく試行錯誤をしながら、
整った暮らしを目指しています。