伝統は、変えてはいけないのか?
カネコだけど、それは男系継承という皇室の伝統に反するよな…



伝統を大切にするのは素敵なことだと思う。
だけど、人を犠牲にしてまで伝統を貫くのは違うと思うんだよな。



皇室は、これまでも伝統を何一つ変えずにきたのか?
時代に応じて、伝統を柔軟に変えてきたこともあるんじゃないの?
皇室の伝統が変わったことはあるのか?
答えは、YES!
分かりやすいものを3つ紹介します。
① 元号


元号は、西暦645(大化元)年以来、
約1400年近く続く、皇室の伝統です。
現在、元号と言えば、
天皇一代につき、元号一つ(一世一元の制)。
ですが、実は、江戸時代以前には、
災害、疫病、吉兆などの理由で、
天皇の在位期間とは関係なく、
何度もコロコロと改元をしていました。
しかし、明治時代になり、
天皇中心の近代国家を作るにあたり、
一世一元の制が採用されたのです。
② 天皇の結婚相手


昔、天皇の妃は、
皇族や公家・華族など、
限られた家柄の女性から迎えるのが伝統でした。
しかし、戦後の1959(昭和34)年、
当時、皇太子だった上皇陛下が、
民間出身の正田美智子さんと結婚しました。
皇室に民間出身の女性が嫁ぐのは、この時が史上初。
しかし、その後、紀子妃、雅子妃を経て、
今では、皇族が一般国民と結婚することは、
当たり前の光景として定着していますよね。
③ 側室制度


かつて、皇室には側室制度がありました。
理由は、皇位継承者の確保のためです。
昔は、乳幼児死亡率が高く、
皇后だけでは、男子が生まれない場合があり、
複数の女性との間に子をもうけることで、
男系の皇統を維持しようとしたわけです。
皇室で、最後に側室を持ったのは、明治天皇です。
明治天皇の皇子である大正天皇は、
側室との間に生まれた子供でした。
しかし、
日本が西洋型の近代国家を目指す中で、
次第に、一夫一妻の価値観が強まっていき、
側室制度は時代遅れと見做されるように。
また、大正天皇は、
皇后との間に4人の皇子をもうけ、
昭和天皇も、
皇后との間に皇子をもうけたことから、
大正・昭和期に、側室制度は使われませんでした。
そして、戦後の皇室典範によって、
一夫一妻制が採用されたことで、
側室制度は、完全に消滅しました。
かつて、側室制度は、
男系継承を維持するための、
重要な仕組みだったことは、間違いありません。
皇室の根幹たる伝統である、
男系継承のために必要だった制度ですら、
社会の変化に合わせて廃止された事実は、
実に興味深い示唆を与えてくれるように感じます。
続きます。







